魚類の環境DNAをメタバーコーディングするためのユニバーサルプライマー(MiFish)の開発者本人によるレビュー論文の和訳(要約)第六弾です。今回は「Developments of new techniques(新技術の発展)」の章を扱います。
MiFishメタバーコーディング: 環境DNAおよびその他のサンプルから複数の魚種を同時に検出するためのハイスループットなアプローチ MiFish metabarcoding: a high-throughput approach for simultaneous detection of multiple fish species from environmental DNA and other samples
- 1–2章:https://edna-blog.com/paper/mifish-rev1/
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Developments of new techniques
MiFishのメタバーコーディングは、基本的にはリード数の多寡がそのまま「魚の多さ」を意味しない点が課題でした。リード数はPCRの増幅効率やサイクル数に強く影響されるため、サンプル間・研究間での比較は簡単ではありません。
定量メタバーコーディング(qMiSeq)
Ushio et al. (2018a) は、舞鶴湾の海水を毎週採取し、内部標準 DNA を複数濃度で添加することで、リード数から 環境DNAコピー数を推定する方法を提案しました。標準 DNA(採水域に出現しない魚種の短い断片)を既知量添加し、標準 DNA のリード数と添加量の関係式を各サンプルで作成して、非標準DNAのコピー数に換算します。
推定されたコピー数はqPCRの結果と正の相関を示し、環境DNAの定量が可能であることが示されました。この方法(qMiSeq)で、湾内の主要10種の時間変動を描き出せることも示されています。一方で、種ごとの増幅バイアスの補正が必要である点や、同じ標準DNA を使い続けると実験室汚染のリスクが高まる点が注意事項として挙げられています。

Fig.17 舞鶴湾での主要10種の相対的変動(qMiSeq による定量解析の例)(Ushio et al. 2018a,b,c を基に作成)
単一種検出のための新手法
MiFishの高い汎用性は、単一種の在不在判定にも応用されています。
Stoeckle et al. (2018) は、MiFishで 12S領域を一度増幅した後、標的種特異的プライマーで nested PCR を行う「GoFish」を提案しました。Hudson River 河口の 11 種でテストし、組織標本がなくても開発できること、通常の PCR サーマルサイクラーで運用可能であること、バイオインフォマティクス不要という利点が示されています。ターンアラウンドが重要な場面や教育用途で有用な選択肢として位置づけられています。
海上で完結する迅速シーケンス(MinION)
Truelove et al. (2019) は、Oxford Nanopore MinION を用いた船上完結型の迅速 環境DNA シーケンスを開発しました。ニスキン採水器で 3 L を採水し、フィルタリングから MiFishによるライブラリ作成、シーケンスまでを船上で実施し、ホホジロザメなどの存在を即時判定できることを示しています。外洋域での生物相モニタリングに向けた第一歩と位置づけられています。
解析パイプラインと可視化ツール
Curd et al. (2019) は、参照 DB 作成・品質管理・分類群割り当てを一体化した Anacapa Toolkitを開発しました。MiFishデータを例に性能が示され、保全上重要な種の検出にも有用であることが報告されています。
また Kandlikar et al. (2018) は、出力された分類表を解析・可視化する **ranacapa (R パッケージ)**を提示し、探索的な多様性解析を容易にするツールとして紹介されています。
この章は、MiFishメタバーコーディングが「多種検出」だけでなく、定量化・迅速判定・現場実装・解析標準化といった方向へ拡張されつつあることを示す内容になっています。
Application of MiFish eDNA metabarcoding to other organisms(他分類群への応用)
MiFishメタバーコーディングでは、海域でイルカ・海鳥・ウミガメなど魚類以外の脊椎動物が検出されることがあり、カリフォルニア沿岸では継続的に海洋脊椎動物のセンサスに利用されています。非魚類脊椎動物の検出効率を高めるには、MiFishプライマーのプライミング部位を非魚類に合わせて最適化することが有効とされています。
陸上動物は水域に接触する機会があるため、陸域由来の環境DNAを水から検出できる可能性が示され、Ushio et al. (2017) は MiFish由来の哺乳類用プライマーMiMammalを開発しました。動物園の水槽水や森林の池から哺乳類を検出できることが示され、その後も熱帯林の塩場・アマゾンや大西洋岸の森林・カリフォルニア・京都の積雪上の足跡などで有効性が報告されています。海棲哺乳類については MiFishで検出される例が多く、MiMammal の海域利用は今後の課題として位置づけられています。
鳥類向けにはMiBirdが開発され、動物園水槽や自然池での検出が可能であることが示されました。さらに無脊椎動物への展開として、甲殻類デカポーダ類向けのMiDecaが開発され、16S rRNA領域の短い可変領域を対象としたメタバーコーディングで42種の検出が報告されています。
哺乳類・鳥類は上位捕食者として、デカポーダ類は重要な水産資源として生態系に大きな役割を持つため、非侵襲・高効率な検出手法としての環境DNAメタバーコーディングの意義が強調されています。
Applications of MiFish metabarcoding to bulk DNA samples(バルクDNA試料への応用)
MiFishは水中環境DNAだけでなく、複数種が混在するバルクDNA試料にも適用できます。代表例は、(1) プランクトンネットで採集される仔稚魚・卵などの形態同定が困難な試料、(2) 捕食者の胃内容物、(3) 加工食品です。
特に有望な応用として、南カリフォルニア海流域の長期プランクトン調査における ichthyoplankton のメタバーコーディングが紹介されています。Kacev et al. (2018) は 37 地点・74 試料で従来の形態同定と MiFishメタバーコーディングを比較し、科レベルでは高い一致を示した一方、種レベルでは参照データベースの不足が課題となることを示しました。その後、同海域の参照配列が 717 種まで整備され、カバレッジが大きく向上しています。
胃内容物の解析では、ヨーロッパのエビ類(Crangon crangon)の消化管内容物から魚類 32 種を検出し、捕獲法の2倍の種数を得た例が報告されています。さらにサンゴ礁の捕食魚の胃内容物解析では、COI や 16S 参照配列に比べMiFishの参照配列不足が課題として指摘されています。
加工食品のバーコーディングにも MiFish領域が補助的に使われ、**誤表示(ミスラベリング)**の検出に役立つことが示されています。練り製品のように複数原料が混在する場合はメタバーコーディングが有効で、魚粉やサイレージなど混合原料の同定にも応用可能とされています。
Concluding remarks(まとめ)
本レビューは、MiFishを含むプライマー評価、実験プロトコル、データ解析、そして海・淡水・河口での実証研究を俯瞰した上で、新技術・他分類群・バルク試料への展開までを整理しています。一方で環境DNAの産生・分解・輸送といった「環境DNAの生態学」的側面は別途重要であり、環境条件の影響を踏まえた解釈が不可欠だと強調されています。
MiFishの優位性が示される一方で、プライマー/テンプレートのミスマッチや近縁種間の識別限界、参照 DB の不完全性といった限界も明示されています。これらは、地域相に合わせたプライマー最適化や、群特異的プライマーの併用、デノイジングを含む新パイプラインの導入で緩和できる、と整理されています。
定量メタバーコーディングは、従来法では難しかった時空間動態の把握に有望ですが、環境DNA濃度と個体数・バイオマスの関係にはなお課題が残ります。したがって、MiFishは生態系ベースの漁業管理の枠組みで、多地点・継続的な生物多様性モニタリングに活かすことが重要、と結論づけられています。
実例として、房総半島南端 130 km の沿岸で隔週採水を行う長期モニタリングが紹介されています。バケツ採水と現場ろ過(Sterivex + 注射器)で 50回の調査・550サンプルを欠測なく取得できたことは、環境DNAの実用性と継続性を示す好例です。
今後の課題として、自律採水装置(ESP)の開発と広域設置、現場での迅速解析、定量データの蓄積、そして種間相互作用の動態を推定するための解析手法(EDM など)が挙げられています。これらが進めば、SDGs 14/15 に資する持続的な生物多様性モニタリングの基盤になると締めくくられています。